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会誌「建築士」寄稿 2022年6月号

Friday, November 18, 2022|news

会誌「建築士」シリーズ連載「オピニオン」への寄稿を掲載します。

2022年6月号
『不完全な建築』

コロナ渦で中断しているが、アルゼンチン、アンデス山脈ふもとのリゾートタウンの一角で、地区環境改善のプロジェクトに携わっている。急斜面地にインフォーマルに住宅が徐々に建てられ、地滑りや落石のリスクを抱えながら人々が暮らしている地域だ。従来のクリアランス+強制移転のような大ナタを振るうやり方ではなく、居住者が今のまま住み続け、既存の生業やコミュニティ、自然環境などを保ちつつ災害リスクを下げる方策を、地元行政と一緒に試行錯誤している。
さまざまな試みの中のひとつに、「ハイブリッド居住」の提案がある。地域内の安全な場所に、小部屋が集合したシェルターを行政が建て、落石や地滑りなど実際の災害時はもちろん、雨の強い不安な夜の寝床や感染症蔓延時の隔離部屋として、住民誰もが使うことができる。一方、既存の住宅群については、場所毎のリスクを測定・通知し、建物の減築や擁壁の設置などをセルフビルド出来るよう、材料を支給していく。住民が地域内の離れた場所にも居所を持ち、状況に応じて住み分けることによってリスクを回避するアイデアだ。
このように、一つの完結した建築を高性能化するのではなく、単体では不完全な建築がネットワークすることでリスクに対処する仕組みは、リスク回避のためのコストを下げるだけでなく、人々の活動の地域的な広がりを生む。その結果、自分の敷地や家のことだけでなく、地域の環境を保持する意識が自ずと醸成されていくことが期待できるだろう。
このアイデアを、切実な高リスク下というわけではない我々に引き寄せて考えてみると、人々の地域的な活動を促すために、あえて不完全な建築を構想するという方向性があり得る。かつての風呂なしアパート+銭湯に戻れということではないが、もっとポジティブに、不完全でラフな建築を構想することで、広がりのある生活が描けるように思えてこないだろうか。
コロナの影響で、家から1歩も出ずに何でもできる技術やサービス、ライフスタイルが浸透していく現状を危惧しながら、再びアルゼンチンの斜面地へ渡航する機会をうかがっている。